2006年06月27日

社説17・日本サッカー 意識改革なしに再生はあるか

W杯敗戦から日本のサッカーファンに暗澹たる日々が続いている。現実を見ずに騒ぐだけの「W杯の間だけの」サポーターにマスコミ、海外プレスに他人事のように日本は成熟していないと語ったジーコ、そして逃げ道をふさぐ手段で「オシムジャパン」を発足させようとし、今回の大会の反省をしようともしないJFA、そしてまたそれを既成事実化しようとするマスコミなど、この国のサッカーを取り巻く問題が一挙に噴き出した1週間のようだった。

特に惨敗に終わった今回大会の反省を何らしないまま、次に向かおうと言う姿勢は非常に危険である。果たしてジーコは「神聖にして侵すべからず」な存在なのだろうか。最有力候補に挙げられているのが「欧州人・規律」のオシムというのもまた疑問である。前大会でトルシエの管理主義を嫌った協会はジーコを監督にしたが、もしオシムでうまく行かなかったらまた「南米人の自由」を求めるのだろうか。このまま極端な「南米人・自由」と「欧州人・規律」との2つに日本サッカーが揺られていくと何ら自分達のスタイルを手に入れることは出来ないだろう。

そして代表に対する異常なほどの加熱ぶりは心配である。日本代表がこれだけの人気を勝ち得たのは日本の「失われた10年」の間に躍進し、日本に希望を与えた存在であるからであり、もしサッカー日本代表と同じくらいの刺激が日本国民の前に現れれば、日本人はすっかりサッカーを観なくなるという危険性もある。しっかりとしたサッカー文化を形成することが大事なのではないか。まず、代表の人気とJリーグの人気のバランスがいびつと言う状態が異常である。代表を形成する選手はほとんどがJリーグの選手であるのに、Jリーグを人々が見ない理由とは何だろうか。Jリーグは常に不備な点を是正し、常に進歩しようと言う態度を窺わせるが、このあたりを分析し日本人に真のサッカーの歓びを伝える必要がある。

暗澹たる1週間であったが、是正すべきポイントは見つかっている。日本のサッカーの未来のために、それぞれが行動して欲しい。
posted by Yusuke-EuEx at 23:20 | 大阪 ???? | Comment(0) | TrackBack(0) | 社説
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