さて何故この記事を取り上げたかと言いますと、結局ジーコは名将なのかどうかと言う議論になり、日本人が代表監督としてのジーコを批判したのは間違いだったのではないか、と言う意見もぼつぼつ出ているからです。
それに対する自分の答えは「監督としての素質はあっただろうけど、日本代表監督にはタイミングを逸していた」ですね。
フェネルバフチェの内情を詳しく知るわけではないですが、チームにはブラジル人も多く敬意を以って接されることで関係もいいでしょうし、チーム構築もスムースに行っているのではないかと思います。
選手にいろんなタイプがいて、例えば代表の右サイドバックでも守備に重きを置く加地さんと攻撃的な内田君のどちらがいいかを決めつけるなんて愚問なわけですよ。局面があって二人の特性のどちらかが生きるかが分かれるので、それを使い分けるべきなんですよね。
同じように監督にもさまざまな適性があると思います。長期的に育成が得意で、すぐに結果が出ないタイプや、駒を揃える事が出来れば最強のチームを運営できる監督など。
それを言うとトルシエはビッグクラブ指揮には向かない監督だと思います。ただ、発展途上のチームを運営する能力に長けていたので、日本は決勝トーナメントを突破できたと思う。だからあの時期にトルシエが日本を指揮してよかったと感じています。
その点で言うとジーコも「自由と創造性」を大事にする心はあったんですけど、監督の経験もあってそれを日本代表で発揮はできなかったのではないかと。
まさか監督なので戦術を放棄して勘で全てやっているなどありえないですし。勘だとしてもそれは選手時代に培った経験ですしね。
確かにこのブログでもジーコ批判はしていましたが、残念ながら時を得られていなかっただけだと今は感じています。ジーコが今幸せならそれはそれでいいかと思いますし。
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